キャリコンごきたコラム No.8 【会社を去るときの気持ち…】

 

 

私が30代半ばのころ、確か1993年の話です。
私はI県に新設されたばかりのK事業所で人事担当をしていました。
K事業所は建築材料を作る工場で、数年前からバブルの好景気を当てこんで
最新鋭の生産設備、人材採用も意識したピカピカの食堂や大浴場、
さらには当時はまだ珍しかった個室1DK形式の独身寮も備えていました。
24時間3交替操業の要員として現地で約100名の採用をして、
社員一同大いなる期待を持って華々しくスタートを切りました。

ところが世はバブルが弾け、建築業界は急速に冷え込み工場の受注量は低迷が続きました。
24時間どころかわずかに昼のみの操業で賄える受注量しかないため
社員の大多数は比較的好調な他県にある工場へ、3ケ月間の業務応援に出てもらうことになったのです。
しかし3ケ月、6ケ月経っても一向にK工場の生産量は上がりません。
この間、業務応援中の社員たちに、「さらに3ケ月間業務応援を延長することになった」
あるいはK工場に戻って来ていた社員にも
「もう1回業務応援に行ってほしい」などと説得するのが私の最優先の仕事になりました。
時には街中の古いアパートに分宿して自炊や外食しながら
慣れない人間関係の中で現場作業(3交替勤務)をしている社員たちに、
「工場の受注量がまだ十分にない。申しわけないがもう3ケ月業務応援を延長してもらいたい」
ということを伝えるための出張も何回もしました。
ある時などは、他県の最寄りの駅を降りたとき、
今度こそ帰れると期待している社員たちにどう言おうか、
どのような反応をするのだろう、納得してくれるだろうかなどなど、
思わず涙が出そうな思いに囚われたこともありました。

そのころ本社で各事業所の人事担当者が集まる会議がありました。
会議ではK事業所の社員は他県へ業務応援を継続中、
また事業として先が見えない状況にあることなどを報告しました。
会議終了後の懇親会で、かつての上司であるS人事部長に、
業務応援を繰り返してもらわねばならない社員たちをどのように説得するべきか自分自身つらいと
酒の勢いもあり思わず愚痴ってしまったのです。
するとS人事部長は、じっくり私の話を聴いたあとに、
「確かにK事業所がこのまま赤字をたれ流すと工場閉鎖の可能性もあるかもしれない。
そうなると社員の中には退職する者も出るだろう。
しかし事業というものはそういうこともあると覚悟しなければならない。
仮に工場解散となったときに、
『せっかく○○(当社)に入ったのにまったく期待外れで良いことはなかった。
でも○○という会社に働いて得たもの、勉強できたこともあったなあ。
それを今後に生かせればいいか。まあ仕方がないな』と社員に思ってもらえるようにするのが、
おぬし(S部長はよくそのように呼びます)の役割だ」と言ったのです。
この瞬間、私は肩のあたりにのしかかっていた重石のようなものがすーっと取れたように感じました。
事業の行く末を思い悩んでもある意味仕方がないこと。
人事屋として社員たちをどうやって説得すべきかではなく、
社員たちの会社に対する“思い”をどのように持ってもらうかを考えろと。
そのために何をやるか、そこに集中するべきなのだと…。

このことは、その後の私の人事屋としてのバックボーンの一つになったように思います。
特に、社員が心ならずも会社を去るときにどのような気持ちを抱くのか。
そのことに思いを馳せ、可能な限り会社や職場の仲間に恨みなど残して去ることのないようにすること。
誰しもいつかは会社という組織を出ていくわけですから、これは非常に重要なことだと思うのですが、
みなさん、いかがでしょう?

 

 

 

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